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生贄儀式ダクシンカリ寺院 3/6

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私にとっては2回目のネパールなので、初めての時の強烈な新鮮味はなかったけれど、少し深化したネパールの魅力を感じる旅になりました。今回は火葬で有名なヒンズー教の聖地、パシュパテナート寺院やカトマンズから南に30キロのところにある生贄の寺院ダクシンカリーにも行くことができました。日本から見ると奇行と思えるような異文化ですが、この国にしっかり根づいていて非合理なことも簡単に変えることはできないようです。(山岡満) 生贄になったヤギ 生贄用の鶏を売る店

手作りモモ宴会ウッタム宅 3/5

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今回のツアーは「ネパール子ども基金」が発足してちょうど10年目にあたる。昨春私は退職を機に、息子が長期滞在していたカトマンズの借り部屋に居候しながら1カ月ネパール生活を満喫した。11月にはHEENEP代表のウッタム氏夫妻が来日し、我が家に逗留して日本の里親達と交流した。そしてこの度は、彼の自宅でHEENEPスタッフとNCF一行が一緒にモモ(日本の餃子)を作り、会食するという和やかな時間を持つことができ、ネパールを身近に感じる思い出深いツアーとなった。(原田裕子) レッスンビデオ はここをクリック

前向きにしたたかな女性たち 3/5

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人身売買のサバイバーとして逆風を受けながらも今日の「シャクティ・サムハ」を築き支えている女性たち。地震後も組合員を増やし着実に歩み続ける「女性協同組合」の女性たち。 「シャクテイ・サムハ」で通訳をしてくれたクリシュナさんの事務所を訪ねると、買ってきてくれた新聞記事には、アジアの国々における政治の場での女性の比率ランキングが紹介されていた。3月8日の「国際女性デー」を意識した特集記事のようだった。1位はネパールで30%、2位はフィリッピン27%、3位はラオスで25%、次に中国・ベトナムが24%で続く。16位までのランキングに日本はない。 「水道プロジェクト」の会議の場でも副村長は女性だった。村人も女性が多かった。この度20年ぶりで地方議会選挙が行われるそうだ。市内観光の車中で、「この国では市長が男性なら副市長は女性という縛りを設けている」と誇らしげに語っていたガイドさんのことばを実感した。 身分制度(カースト)から解放されず、シャクティ・サムハの活動が示すように人身売買の被害も多い、ヒンドゥ教の慣習(チャウパディ)「生理小屋」が西ネパールでは今でも存在する。そんな中で今年のSEE(以前のSLC)受験者は女の子が3,000人多いと言う。今から10年前に小学校に入学した子ども達である。NCFが就学支援を始めた年とも重なる。NCFでも女の子の里子を希望する里親は多い。過酷な面も残るアンバランスな環境の中でも、前向きにそしてしたたかに女性は生きていると感じた。それが若いネパールという国の魅力なのかもしれない。(原田裕子) 2017.3.3 Kantipur Daily  News  Paper 

バクタプル&ボダナート 3/5

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午後からはバクタプル観光。バクタプルエリアは600年くらい前に作られた煉瓦都市でタイムスリップしたよう。ヒンズーか仏教か折衷のような寺院や王宮の細かな細工に感心する。翌日も観光。地震によって傷んでしまった寺院がたくさんあったが大昔の繁栄が偲ばれるが、そこにしっかりと生活している人々のたくましさも感じられる。と思いつつ、生贄や火葬の仕方など昔ながらの生活を続けているネパールの人々の生活にはカルチャーショックでは片づけられない違和感を感じたのも確か。(五十嵐幸子)

ナリセワ女性協同組合 3/5

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ナリセハ女性協同組合はネパール中部大地震の被災者支援活動を通じ、協同組合が地域社会ではたす役割を認識し新たな発展計画を模索していました。ナリセワ協同組合は被災者に対し米などを購入し、支援物資として届けました。その活動を通じ、生協の事業として組合員に物資を供給する生協事業ができないか、検討がはじまったそうです。 NCFの交流会では理事長のサハナさんから「日本の生協の経験を聞きたい」との質問がだされました。 現在の中心事業は信用事業ですが、それをさらに広げた新しい組合員サービスの展開を考えています。もともと、組合の事務所に組合員を対象とした小さな購買コーナを設けていましたが、本格的な事業と言えるものではありませんでした。 女性組合の皆さんは日本の経験を聞き、日本の生活協同組合がどのようにして、発展してきたのか、そして組合員のほとんどが女性であるということにも大変興味をもっていました。 ナリセハ女性組合では、メンバーのほとんどが地震の被災者であり亡くなられた組合員もいます。そのような困難な状況をのりこえ、次への事業展開を考えている彼女たちのエネルギーに驚かされました。 現在、事業も順調にすすんでおり、もし受け入れ組織があれば自費ででも日本を訪問し、日本の生協の経験を学びたいと話していました。今後の発展が期待できる交流会でした。(小澤重久)

早朝から草刈の里子ロサニ 3/4

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国花である真っ赤なシャクナゲの長いレイを私の首に掛けてくれたロサニ。 彼女は現在お祖父さんとお祖母さんの3人暮らしだ。父親はバクタプールで養鶏所を、母親と兄はカトマンズで衣料品を売っていると言う。 「水道プロジェクト」の会議に村人の立場で参加していたお祖母さんから、「ロサニは早朝から草刈りに行っているから10時過ぎには帰ってくる」という伝言を受けた。 私が昨年4月チョーバス村を訪問した時、イベント用の机を友達と笑顔で運んでいるロサニの姿をカメラに納めた。その写真と里子達の集合写真、壮行会に集まった日本の里親達の写真を1枚の印画紙にまとめて手渡した。ウッタムさんが内容を説明してくれていたが、緊張してか、はにかんでか彼女の笑顔を見ることは出来なかった。「将来はどうするの?」と尋ねると、「10年生を卒業した後は母親の居るカトマンズに出て勉強を続けたい」と話してくれた。(原田裕子)

水道プロジェクト会議 3/4

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村では山の湧水を集め、それを集落にまでパイプで流して村人は使っていたが、先の地震で使えなくなり、子どもたちが水運びをし勉学や遊びの時間も制約を受けていた。 そこでHEENEPを通して話があり、資材代の50万円を私は渡してあった。 私は村人も協同で造ることを提案していたが、労賃まで出してほしいとのことで計画は中断していた。 4日の朝に村の事務所で、水道プロジェクト責任者、副村長、小学校の校長などの関係者の他に村民も含め約10人が集まり打ち合わせをした。全体で85万円かかり、50万円の他25万円分の労賃は村人が働き、それでも足りない10万円は村の財政などで処理することになった。完成すれば53軒の村人約250人や、小学校の300人の児童も自由に水を口にすることができる。1日も早くチョーバス村に水道施設を完成させたい。(西村一郎)