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チョーバス・マハデブ小学校の里子に学用品を届ける 5-/10

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結局、マハデブ小学校の新しい里子たちに学用品を届けたのは健次とナワラジ君でした。試験休みで実家に帰るナワラジ君の協力を得て、ローカルバスの屋根に学用品を乗せ2人はチョーバスへ。私がセティデビ小中高学校に行った時に見たローカルバスには、屋根にも人が乗っていました。2年前のガソリン不足の時だけではないのですね。
村のメインストリート、五十嵐幸子さんの里子のディビス・バンダリのお祖父さんイマンダイが経営する食堂の前でバスから学用品を下すと、新しい里子の父親たちが山道をマハデブ小学校まで運んでくれたそうです。
学校には校長先生と7人の里子が待っていました。ひとり五十嵐恭子さんの里子スサン・ラジュパンシが現れず、後日村を去っていたことが判明しました。そのため彼女の里子はアシス・ブタトキに変更になりました。(原田裕子)

健次の後ろに立っているのが校長先生
村を出た五十嵐恭子さんの最初の里子スサン

サマクシのウッタム宅をナワラジ君が訪問 4/28

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今回、里子卒業生のナワラジ君に会う機械はもうないとあきらめていたのですが、彼は雨の中をバスを乗り継いて、ホームスティをしているウッタム宅の私の部屋を訪ねてくれました。彼は里親であった中野理恵子さんが、ナワラジ君の写真を手に持って微笑んでいる写真を大切に持って来ました。
アイフォンのGoogle翻訳アプリと健次の拙いネパール語を駆使して、私たちはなんとか話をしました。私が質問を日本語で入力し、英訳した文章を彼が読んで質問の主旨を掴みネパール語で健次に応える。健次はわかったところだけ日本語にして私に伝えるという具合です。ウッタム夫妻がちょうど旅行中だったため、こんなやり取りとなりました。 彼は新しい里子の通う山奥のマハデブ小学校に5年生まで通っていたそうです。6年生からセティデビへ転校し、10年生卒業後にカトマンズの10プラス2へ。
ナワラジ君は自分の体験から、マハデブとセティデビの教育環境の違いをとても心配していました。彼が6年生でセティデビに移った時、マハデブでは英語の授業がなかったため、Month、April、Sunday などの単語すらまったく知らなかったと言います。その後、現在大学3年生の彼がどれほど努力したのかは想像ができます。(原田裕子)








チョーバス・里子ロサニの家を訪ねる 4/22

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訪問前は春休み中と伝えられていましたが、現地に着くと翌日から新学期とのことで、早朝7時前にロサニの家を訪問することになりました。宿泊地からロサニの家に行く道は誰にもわからず、家庭調査時とは逆に山を登ること30分。ポツンポツンと点在する家々を訪ね家人に声を掛けたり、水場で洗濯をしている女性たちに聞きながらウッタムさんと家を捜し歩きました。最後に偶然訪ねた家が小林香さんの里子リタ・パハリの家だったので、弟がロサニの家まで案内してくれました。ロサニは10年生の卒業試験(SEE)の結果待ちで家に居ました。父親が出稼ぎから戻り祖父母と4人暮らしとなったそうです。セティデビ小中高学校は現在10年生までなので、カトマンズの母親の元から10+2に通うとのこと。試験結果が良ければ看護師を目指したいと話してくれました。看護師はネパール女性の職業として誰もが憧れますが、かなり困難な進路のようです。(原田裕子)

私の里子ロサニ・クンヲル
笑顔のロサニとお祖父さん
篠田陽二さんの里子ミン・クマル・パハリ
小林香さんの里子リタ・パハリ 私の隣が道案内してくれたバブー
亀井隆さんの里子サンギタ・パハリ
渡辺勝子さんの里子サビナ・パハリ

チョーバス・マハデブ小学校の新しい里子 4/21

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長期滞在していた私と健次は、4月21日に行われたHEENEPのセティデビ小中高学校の新年度学用品配布に同行し、次いでマハデブ小学校の新しい里子候補の家庭調査に立ち会いました。彼らの家は車で行けない場所にあり、蛇行する道路と道路の間の山道?山肌を下らなければなりません。マハデブ小学校の校長先生の案内で8人の里子候補の家を訪ねました。ウッタムさんが一人ひとりにヒアリングして書式に書き込んでいきます。家族写真と本人の写真を撮り、HEENEPの里子支援のルールを説明して保護者から書類にサインをもらいます。8人の保護者のうち3人が母印でした。親の世代の識字率の実態をみた思いがしました。5年生の子ども達にもサインをさせましたが、アルファベットで名前を書けない子がいました。ネパールでは小学校から英語の教科があるので5年生になって自分の名前が書けないというのは、マハデブ小学校の英語教育の水準が伺えるというものです。後で校長先生に尋ねてみると、ネパール語なら問題ないが、英語だからというニュアンスの回答でした。
新しい里子は5年生が多いので、マハデブ小学校が来年新制度の小学校としてスタート出来なければ、1時間かけて私たちが今支援しているセティデビ小中高学校に通うことになります。新しい里子たちはセティデビに移った段階で勉強についていけるのかと心配になりました。この村の里子の複雑な家庭事情や貧困度合いからみて、新しい里子達が学業を続けられることを願ってやみません。(原田裕子)

マハデブ小学校で待っていた5人の新しい里子たち
嶋まり子さんの里子スジェンドラ・パハリ
斉勝洋子さんの里子サンカル・パハリ
山岡悦子さんの里子カマラ・ビソカルマ 11歳3年生
斉勝洋子さんの里子サンカル・パハリ家族
高瀬制一さんの里子スシラ・パハリ家族
米森恵津子さんの里子ディルマヤ・カトリ家族
石井美千代さんの里子ダルマジュ・ピソカルマ
滝まどかさんの里子サロジュ・クンヲル
五十嵐恭子さんの里子アシス・ブダトキ

新しい政府による改革

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ネパールでは昨年行われた選挙の後に地区割りの変更があり、里子の住むチョーバス村(紹介された里子候補の村も含む)一帯はブムル・ガウンパリカという住居表示となりました。狭い範囲をさす表示としてチョーバスという名前だけが残っています。新政府は教育基本法の改正に則り学校制度を整理して、基礎教育を5年から3年延長し8年とする方針です。新しい里子候補の通うマハデブ小学校は現在1年から5年生で生徒数150人。左写真のトタン屋根の平屋が小学校で、さびていない左端が新築教室。新制度の基礎教育の学校(1~8年)として存続するために、先行して村の予算で教室を増設しているそうです。
また中等教育は2年プラスされ9~12年までの4年間となります。私たちが支援しているセティデビ小中高学校も新校舎を建設中。教室の完成後に新制度の学校として認可され、教員が配置されてはじめて中等教育の学校(9~12年)としてスタートできます。セティデビは、1~8年の基礎教育の学校と9~12年の中等教育の学校の併設を目指しています。





チョーバス・学用品の配布と里子の写真撮影 4/21

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新学期の学用品は学年ごとにノート、鉛筆の数が違います。靴や靴下はもちろんサイズがありますので、子どもの足を見ながらウッタムさんが選んでいますが?、後からサイズが小さいというようなこともあるようです。育ち盛りの子どもですからサイズが合わなければ使いようがありませんね。 今回はベテラン写真担当の山岡さんが居ないので、里子一覧用の写真撮影は私が担当しました。一覧表の連番号を書いた紙を持ってもらい、「ハイ、チーズ!」などと言っても通じず、なかなか子どもの笑顔がもらえませんでした。 (原田裕子)

篠田陽二さんの里子ミン・クマル・パハリ
近藤美知子さんの里子サンジャ・パハリ

原田裕子の里子ロサニ・クンヲル
大倉登志子さんの里子ミナ・パハリ
小澤理恵子さんの里子バピタ・チャウラガイ
山下幹祐さんの里子サビナ・チャウラガイ
脇村麗さんの里子スレンドラ・パハリ
山内勝子さんの里子ソニカ・パハリ
五十嵐幸子さんの里子ディビサ・バンダリ
太田尚之さんの里子ラクシミ・ラマ
鎌倉俊明さんの里子サルミラ・ラマ
松村陽子さんの里子ナミタ・パハリ
櫻井麻紀子さんの里子スニタ・ガウトム

チョーバス・新学期の学用品を積み込んで 4/21

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ウッタム宅を朝5時45分に出発して、ご近所さんのプラバさんとウッタムさん、健次と一緒に4人で大通りで待てど暮らせどチャーター車が来ません。さすがのウッタムさんも何度も電話をかけますが??。7時やっと到着した車でサガール宅へ、次にHEENEP事務所でやはりご近所さんのロヒトさんと合流して学用品を積み込み、里子に配るジュースを買い込んで、一路チョーバスへ。
学校ではお母さんたちがすでに集まって車の到着を待っています。ドゥリケルまで来てくださった須崎さんの里子プレルナのお母さんの顔も見えます。心配になったのは川池さんの里子ロジナが具合悪そうにお母さんと並んで日陰に座っていたことです。ロジナは学用品を受け取るとすぐ、里子全員での集合写真を撮らずに帰ってしまいました。(原田裕子)






左端のパーカーを着ているのがロジナ・クンヲル



タメル・最後のHEENEPとの話し合い 4/2

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HEENEPとは、現在のウッタムさんの窓口一本化から、サガールさんやロヒトさんにも情報が伝わるよう英語と日本語での連絡調整が必要と思いました。今回、最終日の会議は主に英語で行いましたが、サガールさん、ロヒトさんも積極的に議論に参加してくれました。会議を英語で行うのも一つの解決策と考えます。今後、会計報告は英文とし活動報告も簡単な日本語(あるいは英語で)で作成を依頼すれば、それほどHEENEPの負担になるとは思われません。

この間、議論してきた「手紙」の問題も何人かの里子は成長し既に英文での手紙でのやりとりも可能となっています。私の里子、スミティちゃんは英語で手紙をくれました。また、山岡さんは英語の手紙を準備していました。
今後、NCFとHEENEPの活動をよりスムースに行うためにも、実務体制の整理が必です。問題は NCFとHEENEPの対応力であり、引き続き検討課題だと感じています。(小澤JUKU)

今回、支援費の値上げの話はありませんでした。しかし、新しい里子を事前の話もない従来の小学校とは別の小学校を突然紹介されるという出来事があり、戸惑いがありました。
HEENEPから提示された今年度の事業計画は就学支援、環境教育、子どもの健康診断等予算案も含め日本人の感覚からすればかなりの背伸びのしたものでした。そうした点を指摘すると、やりたいことを事業計画として並べたが収入が少なければ計画は取り止めればいいと平然と言う。そして、ネパール政府の予算はもっとひどいとも言ってのけた。

話をするなかでネパール人の物事の考え方がある程度理解することができた。ネパール人との付き合い方は「子育てに似ている」、国としても、またネパール人一人一人も日本人の感覚からいえば少年期から成長過程にある人と思って付き合うべきだ。また、ネパール人の生活感覚がかなり日本人のそれとは違うという指摘(JUKUさん)も理解できてきた。
ウッタム、ロヒト、サガールの3氏は誠実な人柄で、ボランティアでよくここまでやるなという熱意も感じました。
私はHEENEPの活動に賛同してこの基金へ参加してきました。里親として11、000円を拠出し、里親・里子の関係をつないでいただき、今回、里子に会ったことで大変感動したし、基金に参加してきてよかったと感じました。
HEENEPの自主性を尊重しながら、運営費が増え子ども…

バクタプール・女性協同組合 4/1

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ツアーで必ず訪れるバクタプルにある「女性組合」を訪問。ここは信用組合で組合員の用途に応じて資金を貸与する組織。対象が女性のみという組合。若い事務局長が英語でこの1年間の好調な事業状況を報告してくれました。スタッフが皆明るくとても積極的で若いスタッフが多いことに頼もしさを感じました。
WSDOとの共通点は対象が女性であることと、いずれも女性が経済的に自立(現金収入が無い女性がしたいことを実現させるために現金を得る)するための支援をするところで、ネパールならではの女性による女性のための組織でした。どちらも無権利な女性がより良い生活と女性の自立、そして子どもの健康や学習の大切さに目を向け行動する強さと賢さを知ることができました。
「母は強し」「母親が変われば社会が変わる」の言葉があり、日本の60年代の母親たちの大きな運動が小児マヒ防止の生ワククチンの輸入を実現させた歴史を紹介しました。
生活と女性の権利向上、子どものしあわせ、そして平和を願い行動している日本のNGO団体「新婦人」の地域組織で微力ながら活動している私自身を勇気付けてもくれる2つの女性団体の訪問でした。 (須崎歌子)

ナリセア女性協同組合も着実に組合員数が増え、震災時に取り組んだ組合員への生活物資の提供などの経験を生かし、信用事業から新たな事業展開を模索しています。この間、NCFとの交流の中で日本の生活協同組合のことを知り、その経験を学びたいとの問題意識を持っていました。 (小澤JUKU)